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第六章 ワルイコトはイケナイコトです 3

Author: 霧内杳
last update Last Updated: 2025-11-03 15:12:03

翌日は通常業務をこなしつつ、ベーデガー教授依頼の文献を探す。

なんか最近、ベーデガー教授専任になっている気がするが、気のせいだろうか。

ドイツ語ができるからといわれればそれまでだけれど。

「ベーデガー教授のところへ持っていってきまーす!」

「あ、城坂さん」

部屋を出ようとしたところで声をかけられ、足を止めた。

「そのままあがっていいよ。

もう時間だし」

「あっ、はい。

ありがとうございます……」

壁に掛かった時計はもうすぐ私の定時になろうとしている。

図書館は大学構内でも奥まったところにあり、戻ってこなくていいのはいつもならば嬉しい。

しかし教授のところに行ってあがりなのは、なんか嫌な予感がするのはなんでだろう?

「よいしょ」

鞄と一緒に本を抱える。

ちなみに通勤用の服や鞄は街のファッションビルで買ってもらった。

そうやってできるだけ、一般人に擬態している。

ベーデガー教授の部屋の前に立ち、一度ため息をついてからノックした。

『ベーデガー教授、頼まれていた本をお持ちしました』

『入ってー』

『しつれいしまーす』

すぐに返事があり、中へ入る。

教授は私のところへ来て、本を受け取ってくれた。

『ありがとう。

いつも早くて助かるよ』

笑った彼の口もとから、爽やかに白い歯がこぼれる。

しかしそれが私には、胡散臭く見えていた。

『では、私はこれで』

用は済んだとばかりにそそくさと帰ろうとしたけれど。

『たまにはお茶に付き合ってよ』

もうその気なのか、教授は電気ポットをセットしている。

『あの、でも、仕事……』

『終わったんだろ?』

最後まで言い切らせず、ちょいちょいと教授が自分の肩を指す。

そこになにがあるのか考えて、今日はもう帰り支度を済ませて鞄を持っているのだと思い出した。

「その、あの」

『いつもなにかと頼んでいるお礼だよ。

これくらい、許されるだろ』

「うっ」

教授が片目をつぶってみせ、声が詰まる。

そんなふうに言われたら、断れない。

『じゃ、じゃあ……』

仕方なく、勧められるがままにソファーへ腰を下ろした。

『ちょうどいい豆が手に入ってね』

すぐにコーヒーのいい匂いが漂い出す。

教授がコーヒーを淹れているあいだに、ミドリさんへ少し遅くなると連絡を入れた。

『どうぞ』

『……ありがとう、ございます』

差し出されたカップを受け取る。

『よかったらこれも食べてねー』

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